馬ノ神の仇討

(宮原町)

藩政時代のことである。
八代の殿様松井家には、数棟の米蔵があった。この米蔵の番人として、大変実直な喜多助という男と長助という二人が務めていた。長助が米欲しさに悪心を起こし、米蔵の米を盗もうと喜多助にはかった。

 正直者の喜多助は事の重大さに驚き、逆に長助の不心得を戒めた。しかし長助は聞かなかった。こうなれば、事が発覚されないうちにいっそのこと喜多助を殺し、身の安全を測ろうと遂に殺してしまい姿をくらました。

喜多助には長男松平と次男安次の二人の兄弟がいた。二人は無念やる方なく、父の仇を討とうと思い立ち、その捜査を自ら願い出た。八方探したが皆目所在がわからない。世間の噂では、仇の長助は名を田頭長右衛門と改名し、筑後に流浪し、御船方面に隠れているということが伝えられ、二人の兄弟は藩の捕手と共に甲佐からいっぱい探し回った。やっと御船で引捕えて八代へ護送することになった。小越の「馬の神」にきて一休みした。
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