立神の伝説「濡れ女(おなご)の由来」

(宮原町)

江戸時代の終わりごろの話であります。

ひとりの小商人が、種山の村まで用達しに行く途中、立神峡近くの小道の石の上に、腰を下ろして休んでおりました。秋の夕陽はもう、氷川の下流から立神峡に照り映えて、少しずつ変わりゆく景色に男は見惚れておりました。
秋の日射しは、早く落ちてあたりは薄暗く、雨模様になってきました。男は急ぎ立ち上がって、辺りを見まわしますと目の前にずぶ濡れの若い女が佇んでいるではありませんか。友禅染めの着物を身に纏い、しっとりと濡れた髪の毛は後に長く垂らして、年のころは二十四、五歳とも思われます。
「私は江戸から参りました、から奴という遊女でございます。私の恋人右兵衛さんの在所が種山村の山奥、箱石という処と聞いておりました。 その右兵衛さんに会いたい一念から遥々江戸から尋ねて参りました。この空滝の山奥と聞いておりましたが、これより先が道も分からず、もう身も心も疲れきってしまいました。どうか道連れになって、右兵衛さんに併せてくださいませ。」と、声細々と語り、男の身に絡まるのでした。この形相を見た小商人は、びっくり仰天して、彼女が語る右兵衛さんを知る由もなく、大声で助けを求めましたが、川向こうの高山地区の人たちに聞こえるはずもありません。

小商人は持っていた荷物も捨てて、もと来た道を引き返して逃げ去りました。女はしかたなく小商人が落としていった荷物を拾い上げ、小道の上にある祠に辿りつきそこを仮の宿として住むことになりました。
  閉じる 次へ