川上の三郎

(宮原町)

豊の内、四宮家の裏側、油谷道路傍に川上三郎の石塔がある。江戸時代中期に建てられたもので、碑面には「三郎丸墓」と年号が誌されている。三郎丸は、無双の力持ちで今もなおその伝説が巷間に伝えられている。
熊本城構築の話
三郎丸は慶長年間に築城の人夫として、熊本にのぼった。当時熊本一番の大力と言われた「横手の五郎」と力比べをしてこれに勝った。
しかし三郎は全くの文盲であったため、築城の大石かつぎでは勝ったものの、実際は負けた方の五郎の名が刻まれているそうである。
氷川をせき止めた話
三郎は青年のころ、氷川で魚を取ると言って戸板で明神の「一の井手堰」をせき止めた。そのため川の水が溢れて立神部落までつかったという。
また、氷川の地蔵渕の崖の岩面には、三郎の足跡が残っているとも言われている。
しゃもじで草を刈った話
三郎の怪力は物凄く、しゃもじで草を刈れば、利鎌のように切れたという。 木片原(コケラバル)またはアカッパゲと言うところ(桜ヶ丘公園南側)に真ん中がやや窪んだ大石があったが、これは三郎が真ん中に指をあてて、廻した跡だと言われている。
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